NEWS - 2025.04.12
INTERVIEW アートの世界を漫画で届ける 『いつか死ぬなら絵を売ってから』作者・ぱらり先生インタビュー

創作活動の苦悩やキャラクターの成長といった、これまでのアート漫画の主題にとどまることなく、一般的に分かりづらいとされるアートの価値や価格形成の仕組みに向き合った漫画として注目を集めている、『いつか死ぬなら絵を売ってから』。2023年6月に第1巻が刊行、2025年4月16日に待望の第6巻の刊行を控えている本作の作者、ぱらり先生をお迎えし、ぱらり先生から見たアートの世界、その世界を漫画作品に落とし込むうえでのポイントや、オークションに対するお考えを伺いました。
普遍的に届くところに着地させる―漫画とアートの交差点
▷始めに、ぱらり先生のことを教えていただけますか。どうやって漫画家のキャリアをスタートされたのですか。
もともとはただのオタクで、同人活動から漫画制作をスタートしました。どうしても幸せにしたい女の子のキャラクターがいて、その二次創作のお話を描いていたのですが、次第にオリジナルも描いてみたくなって、同人誌の即売会に参加していた時に編集の人に声をかけていただいたことで、漫画家として活動をするようになりました。
▷これまでにどんな作品を描かれてきたのでしょうか。また、そこに通底するテーマなどがあれば、教えてください。
今は現実の世界を舞台にした作品を描いていますが、前作(『ムギとぺス~モンスターズダイアリー~』)は、モンスターや獣人などのファンタジーの日常をオムニバス形式で発表していました。例えば、鳥の種族の子育てとか、爬虫類の脱皮のブームとか、「もしこの作品の世界でこれが流行ったら、どういうことが起こるのか」といったようなことを丁寧に考えて描いていた感じです。
取り上げる主題は様々なのですが、一貫しているのはキャラ同士の関係性の描写の密度が高いことで、そこを好きだと言ってくれる読者の方が多いです。人と人の関係というか。リアルな世界を物語に落とし込みたいし、作品の世界観にリアリティを持たせたいと思っています。
▷漫画家として活動をするうえで、特に影響を受けた人・経験があれば、教えてください。
大きくは二人いて、一つはおじいちゃんの存在が大きかったと思います。私はおじいちゃん子だったのですが、『ドラえもん』とかを全巻揃えてくれていて、絵を描いたら、身内の贔屓目だとは思うけど、褒めてくれるんですね。当時は漫画家になりたいとはっきり思っていたわけではないけれど、そういう環境にいたから、漫画を描くという選択肢も選べたんだと思います。
もう一人は、コミティア(同人誌の即売会)に参加したとき、その当時創作活動を始めたばかりで右も左も分からない中で、漫画家のあむぱかさんという方が声をかけてくれて、私の漫画を読んで感想を直接伝えに来てくれたんです。あむぱかさんは昨年お亡くなりになってしまったのですが、私はあむぱかさんの漫画が好きだったし、そうして直接感想を聞かせてくださって、創作が楽しいことを教えてくれた方だと思っています。
▷「いつか死ぬなら絵を売ってから」ではアートをテーマにされていますが、ぱらり先生のアートとの出会いやアートに対する思いを教えてください。
アートが好きになるきっかけは、図録で見たフェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品です。ほかにも作品を見る機会はありましたが、ぐっときたんです。もともと絵を描くのは好きだったのですが、アートといわれるとちょっと距離があったし、よく分からないというのも正直ありました。でも、その作品を見たときに、腑に落ちた感覚がありました。フェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品は、一般的な絵画よりも分かりにくい作品だと思いますが、自分も知っている感覚、愛や孤独感など感じたことをこういう風に表現しているんだというのが理解ができたんです。彼の作品を通じて、人間の表現力の果てしなさをアートに感じましたし、その果てしなさをもっと見てみたいとも思った。今年、国立国際美術館で予定されていた大規模個展がなくなってしまったのは、個人的に残念でしたね。
▷とても素敵なアートとの邂逅ですね。職業柄、人の感情の機微に向き合われているぱらり先生だからこそ、そのような体験をなさったのかもしれません。情報としてではなく、感覚的に作品を受け取られた体験というのは、何ものにも代えがたいものだと思います。
アートが今の社会を映しているというところは確かにあるので、頭で見るというのもありますよね。私の場合は最初は感覚で入っていきましたが、頭でも心でも受け取れるようになって、魅力を更に感じていけるところがあると思っています。
▷今注目されている作家さんはいらっしゃいますか。
「ART FAIR TOKYO19」で見たみぞえ画廊の、弓手研平さんと柴田七美さんです。弓手さんは、見た目は柔らかく夢のような絵画なのですが、その描き方が、油彩で層を重ねて描かれていて、時間をかけたことによる重厚感があるんです。柴田さんは、シンプルなフォルムの人物画ですが、絵具の物質性を強く感じる筆跡で、お二人とも重みのあるマチエールと、描かれているものとのギャップがあるし、物質としても面白いと感じています。
▷ちょっと踏み込んだ見方ですが、ぱらり先生は、印刷・データ媒体である漫画にはない質感や質量に惹かれるというのもあったりするのでしょうか。
漫画は質感や多層性があるわけではないので、無意識にそういうところに惹かれたのかもしれないですね。自分の分野とは違う表現方法に魅力を感じたというか。生の絵画は印刷物と違って、筆の跡とかがあったり、あるいはそれを意図的に消していたりして、そういうところが気になります。
▷絵画と漫画の差異についてお話がありましたが、漫画の構図や色彩、ストーリーテリングなどに、アートの影響を感じる部分はありますか。
アートと漫画は結構影響しあっていると思います。伝統的な絵画や現代アートでも、そこで発見された表現が漫画に輸入されることもあるし、漫画が培ってきた表現方法がアートに輸入されることもある。ストーリーテリングとしては、私はビデオインスタレーション系の作家が好きなんですね。例えば、ピピロッティ・リストさんやウィリアム・ケントリッジさんとか。いずれもフェミニズム的な文脈があったり、自国の歴史に向き合ったりと、社会的な作品を創作している作家さんです。現実を漫画の世界に反映させるとき、私は、エンタメとして普遍的に楽しんでもらいたい。面白くないと漫画として成り立たないからです。先程挙げた作家さんの作品についても、その作品の社会的・文化的背景をすべて共有していなくても、伝わるものがある。そのように普遍的に届けられるところに着地させるというのが、アートと漫画に共通するところだと思っています。
▷以前、別のインタビューで、エンタメ性を持たせることでアートって面白いと思ってもらいたいと仰っておられますが、「エンタメ性」というのは一つキーワードですね。
アートに興味を持ってもらいたい気持ちと、エンタメとして私の作品を楽しんでほしい気持ちが両方あります。漫画として面白ければ、そこに描かれているもののことも面白いと思ってもらえると思うので、そのためには、まずは漫画を面白がってもらわないといけないんです。
アートを扱ううえでの説得力とフラットさ
▷『いつか死ぬなら絵を売ってから』を描いたきっかけや背景について教えてください。
自分の感じたアート体験をほかの人にも感じてもらいたいし、共感できる人が増えたら嬉しいというのがあります。もともとアートは魅力が伝えにくい分野だと思います。今はインフルエンサーが解説をしたりしていて、アートに触れる機会や方法も増えてはいますが、「私ももっと面白く伝えられるぞ」という挑戦の気持ちがあったんだと思います。
▷アートを題材とするうえで、漫画の表現として特に工夫された点はありますか。
視覚的な点とストーリー上の点があります。
視覚的な点としては、それぞれのキャラクターが作る作品の表現が、アートとして成り立っていて、かつ、それぞれの人物が制作するものとして説得力があるものであるというのは意識をしています。主人公・一希の作風も紆余曲折ありました。最初は抽象表現とか、勢いのあるペインティングも考えていたのですが、一希の性格や生きてきた道を考えたとき、自分の目で見た現実の具象表現を描くだろうと思いました。また、その中でも、モノクロ漫画として見るときに見やすいペン画に定まって行った感じです。作中の作品で一番難しかったのは、凪森くんの作品全般ですね。一希の作品はこれと決まったので、それは描きやすい。晴永さんの場合は、コンセプチュアルで本人の主張が現れる作風というので考えやすい。雲井先生も、はかない独特の世界観を確かな技術で描いている。凪森くんは、彼のフェチズムとか幼いころの憧憬を含めた作風になっているという設定はあるのですが、「あの世界で売れている絵」という説得力がきちんと出ているようにならないといけなくて。キャラが描きそうな絵+人気な絵というもう一つプラスの説得力が必要だったんです。
ストーリー上の点としては、この作品で初めてアートに興味を持つ人もいるので、印象が偏らないようには注意しています。一希が第2話で作品をごみと間違えて捨てちゃう場面があります。読者は、最初は一希に共感すると思うのですが、それで終わらせちゃうと偏った見方になるので、捨てた作品の作者である晴永さんを登場させ、そのキャラクターに作品について語らせることで、作品に関心を持たせて新しい発見に繋がるようにしています。
▷作中で登場するアーティストやマーケットの描写は、実在の人物やエピソードからインスピレーションを受けていますか。
作中では色々なパターンを描こうとしているのですが、ある程度リアリティを持たせるために、現実に活躍している人や物事を参考にしています。
例えば、もう一人の主人公である透、もとい嵐山家は、私が初めて品川の原美術館に訪れた際のイメージが強く影響しています。原美術館は、実業家が作品を蒐集して、元々は私邸であった建物を美術館として公開しているというものでしたが、そのエピソードと、実際にその場に行った時のイメージが影響しています。なので、透くんの家は実は品川にある設定なんです。
アーティストとしては、凪森くんは現代のポップアートを意識しています。その中でも松山智一さんの影響が強いです。私がもともと松山さんの作品が好きだったのもあるのですが、現代的なポップさと青年を描く画風とかは、影響を受けています。
▷読んでいる中で「あの人なのかな」と想像したりしていたのですが、答え合わせができました。読者の反響の中で、特に印象的だったものがあれば教えてください。
もともとアートに興味ある人もいれば、興味ない人、自分も買いたい人もいれば、創作活動をしている人など、色々な人が読んでくださっています。作品を読んでみて、アートに興味持ったから美術館に行ってみよう、作家活動がんばってみようというプラスの影響があったと知れたときは、嬉しかったです。
一方で、もらった反響の中で、「自分は主人公(一希)ほど絵に夢中になれないから作家にはなれないかも」というお声があったのですが、私はそうは思いません。創作活動の中で、魂を削って頑張るのも一つのナラティブに過ぎないのです。物語としては映えるのですが、一つの創作の仕方に過ぎない。本作も、一希と透の物語なだけで、その方にはその方の物語がある。その人のペースで自分の創作活動を大事にしてほしいですし、自分なりの創作活動をやってほしいと切に思います。漫画としては、応援したくなることが大事だし、好まれる主人公が大事ですが、現実の創作活動は色々なやり方があると思います。

出典:『いつか死ぬなら絵を売ってから』5巻収録18話より抜粋
©Parari (AKITASHOTEN) 2023
セカンダリーも愛のある場所
▷アートの価格がどう決まるのか、一般の方には分かりにくいことが多いですが、それについてどう感じますか。どのような反響がありますか。
アートの値段の決まり方に対する関心は高いと思います。実際に、私の作品を知識漫画として楽しもうとしている人もいます。アートとお金の関係、高くなる仕組み、市場価値など、背景情報をまずしっかり丁寧に知ってもらわないと、そのうえに乗る登場人物のドラマも伝わりにくいので、基本的なところはわかってもらおうと思って描いています。いま、楽しく読んでもらえているということは、そのあたりも理解してもらえているのだと思っています。
▷第1巻にオークションのシーンが出てきます。アートが売買の対象となることを一希(及び読者)に認識させるシーンとなっていましたが、ぱらり先生はこれまでオークションについてどのようなイメージをお持ちでしたか。また、今回、弊社のオークションをご見学いただきましたが、オークションのイメージに変化などありましたでしょうか。
あらゆるマーケット、あらゆる商品でもいえることですが、ものを売り買いする場所となると、光の面と影の面があるという考えがもともとありました。気に入った作品を手にしたいという純粋な作品愛もあれば、語弊を恐れずに言えば、主に資産として見ていて明確な愛がそこにないという人もいて、セカンダリー(オークション含む二次流通市場)は後者が多いというマイナスの印象もありました。自分がオタクだからだと思うのですが、「転売」に悪いイメージがあったんですね。漫画を描くようになって、色々な人の話を聞いたり、オークションを見たりする中で、この作品が欲しいんだなという人の顔が見えてきた気がします。セカンダリーは、プライマリーで手に入れられなかった作品を手に入れるセカンドチャンスに挑む人たちの場なので、愛のある人たちなんだなと今は思っていますし、そう信じたい。前の所有者から愛を引き継ぐような形で次の人が購入できるのであれば、それは幸せなことだと思います。作品が流通しないと作家さんもやっていけないですし、血液みたいに、流れていないと止まってしまったらよくないので。流通の仕組みは大事だと思います。そういう良い面を大事にしていきたいと思いましたし、他の人にもそう思ってほしいと感じています。
▷実際にご覧いただいたうえで、そのような見方をしていただけるのは実務者としてとても嬉しいです、ありがとうございます。最後に、新刊の見どころについて教えてください。編集の小坂さんとぱらり先生、お二人からそれぞれお願いいたします。
(小坂さん)編集者としては、1つは一希と透の関係性ですね。アーティストとパトロンの関係ですが、それだけではない二人がどうなるか。お互いに分かり合うようですれ違ったりする、人と人とのすれ違いを見ていただきたいです。2つ目は、透の執着している過去が見えてくるところが面白いと思っています。
(ぱらり先生)そうですね。6巻までの間に積み重なってきた人の関係が動く巻なので、楽しんでほしいです。あと、今回、金沢21世紀美術館と恒久展示作品を作中に登場させるにあたり、同館の方が解説を監修してくださったり、また、スイミングプールのレアンドロ・エルリッヒさんの事務所へ使用承諾をお願いしたりしました。皆さま快くご対応してくださって、感謝しています。そうした現実とリンクしている部分を見てもらえたら嬉しいです。
新刊情報

©Parari (AKITASHOTEN) 2023
ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』第6巻、ボニータ・コミックス
発売日:2025年4月16日
普遍的に届くところに着地させる―漫画とアートの交差点
▷始めに、ぱらり先生のことを教えていただけますか。どうやって漫画家のキャリアをスタートされたのですか。
もともとはただのオタクで、同人活動から漫画制作をスタートしました。どうしても幸せにしたい女の子のキャラクターがいて、その二次創作のお話を描いていたのですが、次第にオリジナルも描いてみたくなって、同人誌の即売会に参加していた時に編集の人に声をかけていただいたことで、漫画家として活動をするようになりました。
▷これまでにどんな作品を描かれてきたのでしょうか。また、そこに通底するテーマなどがあれば、教えてください。
今は現実の世界を舞台にした作品を描いていますが、前作(『ムギとぺス~モンスターズダイアリー~』)は、モンスターや獣人などのファンタジーの日常をオムニバス形式で発表していました。例えば、鳥の種族の子育てとか、爬虫類の脱皮のブームとか、「もしこの作品の世界でこれが流行ったら、どういうことが起こるのか」といったようなことを丁寧に考えて描いていた感じです。
取り上げる主題は様々なのですが、一貫しているのはキャラ同士の関係性の描写の密度が高いことで、そこを好きだと言ってくれる読者の方が多いです。人と人の関係というか。リアルな世界を物語に落とし込みたいし、作品の世界観にリアリティを持たせたいと思っています。
▷漫画家として活動をするうえで、特に影響を受けた人・経験があれば、教えてください。
大きくは二人いて、一つはおじいちゃんの存在が大きかったと思います。私はおじいちゃん子だったのですが、『ドラえもん』とかを全巻揃えてくれていて、絵を描いたら、身内の贔屓目だとは思うけど、褒めてくれるんですね。当時は漫画家になりたいとはっきり思っていたわけではないけれど、そういう環境にいたから、漫画を描くという選択肢も選べたんだと思います。
もう一人は、コミティア(同人誌の即売会)に参加したとき、その当時創作活動を始めたばかりで右も左も分からない中で、漫画家のあむぱかさんという方が声をかけてくれて、私の漫画を読んで感想を直接伝えに来てくれたんです。あむぱかさんは昨年お亡くなりになってしまったのですが、私はあむぱかさんの漫画が好きだったし、そうして直接感想を聞かせてくださって、創作が楽しいことを教えてくれた方だと思っています。
▷「いつか死ぬなら絵を売ってから」ではアートをテーマにされていますが、ぱらり先生のアートとの出会いやアートに対する思いを教えてください。
アートが好きになるきっかけは、図録で見たフェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品です。ほかにも作品を見る機会はありましたが、ぐっときたんです。もともと絵を描くのは好きだったのですが、アートといわれるとちょっと距離があったし、よく分からないというのも正直ありました。でも、その作品を見たときに、腑に落ちた感覚がありました。フェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品は、一般的な絵画よりも分かりにくい作品だと思いますが、自分も知っている感覚、愛や孤独感など感じたことをこういう風に表現しているんだというのが理解ができたんです。彼の作品を通じて、人間の表現力の果てしなさをアートに感じましたし、その果てしなさをもっと見てみたいとも思った。今年、国立国際美術館で予定されていた大規模個展がなくなってしまったのは、個人的に残念でしたね。
▷とても素敵なアートとの邂逅ですね。職業柄、人の感情の機微に向き合われているぱらり先生だからこそ、そのような体験をなさったのかもしれません。情報としてではなく、感覚的に作品を受け取られた体験というのは、何ものにも代えがたいものだと思います。
アートが今の社会を映しているというところは確かにあるので、頭で見るというのもありますよね。私の場合は最初は感覚で入っていきましたが、頭でも心でも受け取れるようになって、魅力を更に感じていけるところがあると思っています。
▷今注目されている作家さんはいらっしゃいますか。
「ART FAIR TOKYO19」で見たみぞえ画廊の、弓手研平さんと柴田七美さんです。弓手さんは、見た目は柔らかく夢のような絵画なのですが、その描き方が、油彩で層を重ねて描かれていて、時間をかけたことによる重厚感があるんです。柴田さんは、シンプルなフォルムの人物画ですが、絵具の物質性を強く感じる筆跡で、お二人とも重みのあるマチエールと、描かれているものとのギャップがあるし、物質としても面白いと感じています。
▷ちょっと踏み込んだ見方ですが、ぱらり先生は、印刷・データ媒体である漫画にはない質感や質量に惹かれるというのもあったりするのでしょうか。
漫画は質感や多層性があるわけではないので、無意識にそういうところに惹かれたのかもしれないですね。自分の分野とは違う表現方法に魅力を感じたというか。生の絵画は印刷物と違って、筆の跡とかがあったり、あるいはそれを意図的に消していたりして、そういうところが気になります。
▷絵画と漫画の差異についてお話がありましたが、漫画の構図や色彩、ストーリーテリングなどに、アートの影響を感じる部分はありますか。
アートと漫画は結構影響しあっていると思います。伝統的な絵画や現代アートでも、そこで発見された表現が漫画に輸入されることもあるし、漫画が培ってきた表現方法がアートに輸入されることもある。ストーリーテリングとしては、私はビデオインスタレーション系の作家が好きなんですね。例えば、ピピロッティ・リストさんやウィリアム・ケントリッジさんとか。いずれもフェミニズム的な文脈があったり、自国の歴史に向き合ったりと、社会的な作品を創作している作家さんです。現実を漫画の世界に反映させるとき、私は、エンタメとして普遍的に楽しんでもらいたい。面白くないと漫画として成り立たないからです。先程挙げた作家さんの作品についても、その作品の社会的・文化的背景をすべて共有していなくても、伝わるものがある。そのように普遍的に届けられるところに着地させるというのが、アートと漫画に共通するところだと思っています。
▷以前、別のインタビューで、エンタメ性を持たせることでアートって面白いと思ってもらいたいと仰っておられますが、「エンタメ性」というのは一つキーワードですね。
アートに興味を持ってもらいたい気持ちと、エンタメとして私の作品を楽しんでほしい気持ちが両方あります。漫画として面白ければ、そこに描かれているもののことも面白いと思ってもらえると思うので、そのためには、まずは漫画を面白がってもらわないといけないんです。
アートを扱ううえでの説得力とフラットさ
▷『いつか死ぬなら絵を売ってから』を描いたきっかけや背景について教えてください。
自分の感じたアート体験をほかの人にも感じてもらいたいし、共感できる人が増えたら嬉しいというのがあります。もともとアートは魅力が伝えにくい分野だと思います。今はインフルエンサーが解説をしたりしていて、アートに触れる機会や方法も増えてはいますが、「私ももっと面白く伝えられるぞ」という挑戦の気持ちがあったんだと思います。
▷アートを題材とするうえで、漫画の表現として特に工夫された点はありますか。
視覚的な点とストーリー上の点があります。
視覚的な点としては、それぞれのキャラクターが作る作品の表現が、アートとして成り立っていて、かつ、それぞれの人物が制作するものとして説得力があるものであるというのは意識をしています。主人公・一希の作風も紆余曲折ありました。最初は抽象表現とか、勢いのあるペインティングも考えていたのですが、一希の性格や生きてきた道を考えたとき、自分の目で見た現実の具象表現を描くだろうと思いました。また、その中でも、モノクロ漫画として見るときに見やすいペン画に定まって行った感じです。作中の作品で一番難しかったのは、凪森くんの作品全般ですね。一希の作品はこれと決まったので、それは描きやすい。晴永さんの場合は、コンセプチュアルで本人の主張が現れる作風というので考えやすい。雲井先生も、はかない独特の世界観を確かな技術で描いている。凪森くんは、彼のフェチズムとか幼いころの憧憬を含めた作風になっているという設定はあるのですが、「あの世界で売れている絵」という説得力がきちんと出ているようにならないといけなくて。キャラが描きそうな絵+人気な絵というもう一つプラスの説得力が必要だったんです。
ストーリー上の点としては、この作品で初めてアートに興味を持つ人もいるので、印象が偏らないようには注意しています。一希が第2話で作品をごみと間違えて捨てちゃう場面があります。読者は、最初は一希に共感すると思うのですが、それで終わらせちゃうと偏った見方になるので、捨てた作品の作者である晴永さんを登場させ、そのキャラクターに作品について語らせることで、作品に関心を持たせて新しい発見に繋がるようにしています。
▷作中で登場するアーティストやマーケットの描写は、実在の人物やエピソードからインスピレーションを受けていますか。
作中では色々なパターンを描こうとしているのですが、ある程度リアリティを持たせるために、現実に活躍している人や物事を参考にしています。
例えば、もう一人の主人公である透、もとい嵐山家は、私が初めて品川の原美術館に訪れた際のイメージが強く影響しています。原美術館は、実業家が作品を蒐集して、元々は私邸であった建物を美術館として公開しているというものでしたが、そのエピソードと、実際にその場に行った時のイメージが影響しています。なので、透くんの家は実は品川にある設定なんです。
アーティストとしては、凪森くんは現代のポップアートを意識しています。その中でも松山智一さんの影響が強いです。私がもともと松山さんの作品が好きだったのもあるのですが、現代的なポップさと青年を描く画風とかは、影響を受けています。
▷読んでいる中で「あの人なのかな」と想像したりしていたのですが、答え合わせができました。読者の反響の中で、特に印象的だったものがあれば教えてください。
もともとアートに興味ある人もいれば、興味ない人、自分も買いたい人もいれば、創作活動をしている人など、色々な人が読んでくださっています。作品を読んでみて、アートに興味持ったから美術館に行ってみよう、作家活動がんばってみようというプラスの影響があったと知れたときは、嬉しかったです。
一方で、もらった反響の中で、「自分は主人公(一希)ほど絵に夢中になれないから作家にはなれないかも」というお声があったのですが、私はそうは思いません。創作活動の中で、魂を削って頑張るのも一つのナラティブに過ぎないのです。物語としては映えるのですが、一つの創作の仕方に過ぎない。本作も、一希と透の物語なだけで、その方にはその方の物語がある。その人のペースで自分の創作活動を大事にしてほしいですし、自分なりの創作活動をやってほしいと切に思います。漫画としては、応援したくなることが大事だし、好まれる主人公が大事ですが、現実の創作活動は色々なやり方があると思います。

出典:『いつか死ぬなら絵を売ってから』5巻収録18話より抜粋
©Parari (AKITASHOTEN) 2023
セカンダリーも愛のある場所
▷アートの価格がどう決まるのか、一般の方には分かりにくいことが多いですが、それについてどう感じますか。どのような反響がありますか。
アートの値段の決まり方に対する関心は高いと思います。実際に、私の作品を知識漫画として楽しもうとしている人もいます。アートとお金の関係、高くなる仕組み、市場価値など、背景情報をまずしっかり丁寧に知ってもらわないと、そのうえに乗る登場人物のドラマも伝わりにくいので、基本的なところはわかってもらおうと思って描いています。いま、楽しく読んでもらえているということは、そのあたりも理解してもらえているのだと思っています。
▷第1巻にオークションのシーンが出てきます。アートが売買の対象となることを一希(及び読者)に認識させるシーンとなっていましたが、ぱらり先生はこれまでオークションについてどのようなイメージをお持ちでしたか。また、今回、弊社のオークションをご見学いただきましたが、オークションのイメージに変化などありましたでしょうか。
あらゆるマーケット、あらゆる商品でもいえることですが、ものを売り買いする場所となると、光の面と影の面があるという考えがもともとありました。気に入った作品を手にしたいという純粋な作品愛もあれば、語弊を恐れずに言えば、主に資産として見ていて明確な愛がそこにないという人もいて、セカンダリー(オークション含む二次流通市場)は後者が多いというマイナスの印象もありました。自分がオタクだからだと思うのですが、「転売」に悪いイメージがあったんですね。漫画を描くようになって、色々な人の話を聞いたり、オークションを見たりする中で、この作品が欲しいんだなという人の顔が見えてきた気がします。セカンダリーは、プライマリーで手に入れられなかった作品を手に入れるセカンドチャンスに挑む人たちの場なので、愛のある人たちなんだなと今は思っていますし、そう信じたい。前の所有者から愛を引き継ぐような形で次の人が購入できるのであれば、それは幸せなことだと思います。作品が流通しないと作家さんもやっていけないですし、血液みたいに、流れていないと止まってしまったらよくないので。流通の仕組みは大事だと思います。そういう良い面を大事にしていきたいと思いましたし、他の人にもそう思ってほしいと感じています。
▷実際にご覧いただいたうえで、そのような見方をしていただけるのは実務者としてとても嬉しいです、ありがとうございます。最後に、新刊の見どころについて教えてください。編集の小坂さんとぱらり先生、お二人からそれぞれお願いいたします。
(小坂さん)編集者としては、1つは一希と透の関係性ですね。アーティストとパトロンの関係ですが、それだけではない二人がどうなるか。お互いに分かり合うようですれ違ったりする、人と人とのすれ違いを見ていただきたいです。2つ目は、透の執着している過去が見えてくるところが面白いと思っています。
(ぱらり先生)そうですね。6巻までの間に積み重なってきた人の関係が動く巻なので、楽しんでほしいです。あと、今回、金沢21世紀美術館と恒久展示作品を作中に登場させるにあたり、同館の方が解説を監修してくださったり、また、スイミングプールのレアンドロ・エルリッヒさんの事務所へ使用承諾をお願いしたりしました。皆さま快くご対応してくださって、感謝しています。そうした現実とリンクしている部分を見てもらえたら嬉しいです。
新刊情報

©Parari (AKITASHOTEN) 2023
ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』第6巻、ボニータ・コミックス
発売日:2025年4月16日